チャンスを掴むか、リスクを避けるか──中堅企業が直面する「決断できない時代」
私はハワイに住む会社員として、日々のニュースや経済動向に目を通す中で、最近よく目にするのが「半導体」「EV」「国内回帰(リショアリング)」といったキーワードです。アメリカ全土で数十億ドル規模の製造プロジェクトが進行しており、今まさにモノづくりの再興が図られています。
しかし、その裏で静かに苦しんでいるのが、大手メーカーのサプライチェーンを支える中堅製造業者(ミドルマーケット)です。特に2025年は、トランプ政権による関税政策の急変が、彼らの意思決定に大きな混乱をもたらしています。
今回は、アメリカ本土の事例を中心に、「関税の不確実性」がいかに中堅企業の設備投資や成長戦略を縛っているのか、詳しく掘り下げていきます。
関税の不確実性に「凍結」される意思決定
プロジェクトも、採用も、投資も停止状態に
オハイオ州立大学の付属機関「National Center for the Middle Market」のマネージングディレクター、ダグラス・ファレン氏は、「あらゆる業界の企業が判断を保留している」とコメント。実際に、現在多くの中堅企業が次のような理由で動けない状況にあります:
- 先行投資したのに関税で利益が消える可能性
- プロジェクトを遅らせれば市場のタイミングを逃す
- 原材料費高騰でマージン圧迫
- 顧客に価格転嫁できない契約条件
たとえばアリゾナ州チャンドラーにあるSaras Micro DevicesのCEO、ロン・フーモーラー氏は「空の設備を抱えるのが最悪のシナリオ」とし、事業タイミングに神経を尖らせています。
「作れば売れる」時代は終わり──投資判断の難しさ
特に半導体業界では“Field of Dreams”は通用しない
フーモーラー氏が警鐘を鳴らすのは、製造設備を建てたものの、需要が思ったように伸びず、稼働率が上がらないリスクです。よくある「作れば来るだろう」という幻想は、少なくとも半導体業界には通用しない、と断言しています。
それでも、「業界の成長自体は止まらない。アメリカが遅れれば、他国が進むだけ」とも述べており、完全に止まるわけにもいかないというジレンマを抱えています。
コストは上がるが転嫁できない苦しみ
契約の縛りとマージン圧迫
もう一つ深刻なのが、関税によるコスト上昇を顧客に転嫁できないケースです。中堅製造業者の多くは大手企業とサプライ契約を結んでおり、価格交渉の余地が乏しいため、自社でコストをかぶるしかありません。
結果として:
- 利益率が低下
- 将来の設備投資資金が減少
- 従業員採用や賃上げが難航
こうした“板挟み”状態は、企業の将来性を根底から揺るがしかねません。
戦略的判断が難しい時代に求められるのは「柔軟な時間軸」
「すぐに動かず、時間をかけて方向性を見極める」
大手物流企業DSVのマネージングディレクター、マット・リッチー氏は「決断のタイミングが非常に難しい」と語ります。先を見越して“ifシナリオ”を考える必要がありつつも、現時点で動いてしまうとリスクも大きい。そうしたジレンマが、現場の意思決定者たちを苦しめています。
しかし同時に、希望もあります。ファレン氏は、中堅企業の多くは非公開企業であるため、「株主への短期的説明責任に追われない」という強みを指摘します。その分、長期的な視点で慎重に成長戦略を練ることができるのです。
まとめ:中堅製造業の真価が問われる時代へ
2025年のアメリカ経済において、中堅製造業者はまさに経済構造の要を担う存在です。大手メーカーの工場が花形に見える一方で、そこに部品を供給する企業群がなければ、モノづくりの現場は動きません。
しかし今、その“静かなる主役たち”が、関税政策の不透明さによって動けない状況に置かれています。
このようなときこそ、短期の利益に囚われず、市場の変化に柔軟に対応できる力が求められます。個人的には、アメリカ製造業が再び世界で存在感を示すには、この中堅層の踏ん張りが鍵になると感じています。
参考情報
- National Center for the Middle Market(米オハイオ州立大学)
- DSV Inventory Management Solutions(物流企業DSV)
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